平成から令和へ

インタビュー・平成、そして新時代

教育変革を先生から、
課題解決の時代へ


株式会社ARROWS社長浅谷治希

浅谷治希

儲かるビジネスではないが、社会のためには必要。これまで、そうした「社会貢献」は企業のCSR活動の枠にとどまっていた。しかしテクノロジーが発達したいま、ITによって社会の課題解決に取り組むベンチャーが増えている。教員向けSNSを展開するARROWSもその一社。創業したミレニアル世代の浅谷治希(33歳)は次の時代、“ソーシャルグッド”な取り組みに大きな可能性があると感じている。

これから社会の中核となるミレニアル世代。お金よりも興味や情熱を重視する傾向にあるとされ、自らの時代を変えようと社会課題の解決に立ち向かう若者も多い。3歳のときに平成を迎えた浅谷治希は、社会人経験を経て平成25(2013)年にARROWS(当時はLOUPE)を起業。小中高の先生限定のSNS「SENSEI ノート(センセイ ノート)」を展開し、教育の質向上と先生の業務効率化に取り組む。

起業から6年、足場はできた。1校に1人以上SENSEI ノート会員の先生がいる学校の割合は、全国の小学校で45%、中学校で41%、高校で75%に。このシェアを武器に平成29(2017)年、教材提供を仲介する事業「SENSEI よのなか学」を開始。Indeedや大手化粧品メーカーといったクライアントを獲得するなどマネタイズを急ぐ一方、日本財団から1億5000万円の助成金を得て、千葉県の小学校の業務改善プロジェクトにも取り組む。浅谷を課題解決へと向かわせたものとは。

理念なき起業は続かない

ほぼ平成とともに育った世代として、インターネットやITの発展をどう眺めていたのでしょうか?

浅谷平成10(1998)年、僕が中1、12歳のころには家のパソコンがインターネットにつながっていましたし、翌年には「iモード」も出てきたので、気づいたら目の前にインターネットがあったという感覚です。スマートフォンの登場は、衝撃的でした。家のパソコンで「Skype」をつないで海外と電話していたのが、いまではいろんなアプリでかけ放題。音楽にせよ映画にせよ、爆発的に安いコストであらゆるサービスを使えるようになったのが大きいですね。

平成16(2004)年に慶応大学へ進学し、最初の起業をしています。きっかけは?

浅谷大学に入学した当時は古着ブームで、渋谷や原宿の古着屋が全盛期でした。当時、市場に出回っている古着は海外製で日本人の身丈に合う古着の入手が難しかった。そこで、服も好きだし経営の勉強にもなりますし、日本人の身丈にぴったり合う古着を売れば儲かりそうだと思い、大学1年から古着卸のビジネスを始めました。関東じゅうのごみ処理場に電話をして、仕入れた服を古着屋に卸したりネットオークションで販売したり、というのをひたすらやっていました。

ただ、卒業後も引き続きこのビジネスをやるのかと考えたとき、そこまでの覚悟はありませんでした。ブームが下火になるなかで、この事業はやめようと思い、3年の就職活動の時期に閉じました。理念や信念がない起業は続かない、ということを学び、もし今後、どんなときでも続けられると思えるものが出てきたらもう一度やろうとも思い、いったん離れたという感じです。

人との出会いが僕の人生を動かしている

2度目の起業は平成25(2013)年。そこまで、紆余曲折がありました。

浅谷古着販売を畳んだあとは、弁護士資格を目指したり、中国やインドの現地採用でサバイブする道も模索したりして、結局、1回は国内で就職しようと考え、1年遅れの卒業後に就職活動をしました。当時は既卒を受け入れてくれる企業があまりなかったなか、もともと教育に興味があって受けたベネッセから内定をいただき、平成23(2011)年に入社した形です。

スマートフォンの登場でインターネットの魅力に惹きつけられていたためウェブ関連の部署を希望した結果、女性向けの妊娠・育児のポータルサイトの部署に配属され、ウェブマーケッターの仕事を担当しました。ちょうどその時期、シェアハウスのようなことも東京都目黒区でやり始めたんですね。ビジネスというよりは刺激的な仲間と暮らしたいという目的です。

そこに、中南米のグアテマラで起業して、スペイン語のオンライン授業のサービスを立ち上げた経験がある同い年の人間が住むようになり、毎晩、世の中をどうよくしていくのかというような話をした。そのなかで、僕も世の中の課題を解決する方向にいきたい、違う形でなにか教育界に一石を投じたい、という思いが募り、ベネッセを入社1年半くらいで辞めました。

その後に先生をやっている高校時代の同級生と再会し、詳しく話を聞くなかで、先生が情熱を持って仕事に取り組んでいる一方、日々これでいいのかと悩みを抱えながら現場に立っているという現実を知ります。これを機に、現場の先生から学校教育を変えていけるのではないかと考えました。

ちょうど、起業コンテストがあって、シェアハウスの住民に「お前も出てみろ」と勧められ、出ることになったのがいまの起業の始まりです。こうして振り返ると、人との出会いというものが僕の人生を動かしているなと思います。

2012年の「スタートアップ・ウィークエンド」でプレゼンする浅谷

創業メンバーの離脱、存続の危機

平成24(2012)年に米マイクロソフトなどが協賛する米非営利団体「スタートアップ・ウィークエンド」主催の起業コンテストに出場。そこで披露した先生向けSNS「SENSEI ノート」のコンセプトがそのまま起業につながりました。

浅谷先生は国内に約100万人いますが、たとえば高校の数学といった同じ専門同士でも情報共有が全然できていない。基本的に先生は閉ざされた空間でマイウェーでやっているので、得られる情報が限られています。そういうなかでインターネットを活用し、同じ立場にある人たちの知見を効率よくつなげられれば、よりよい授業や指導が実現できるんじゃないか、というのがそもそもの原点です。

いろいろな方から「先生がSNSを使うわけない」と言われましたが、6年経って、世の中も大きく変わり、1人でもSENSEI ノートの会員がいる高校は全国で75%にまで拡大しました。1人だとしても、そういう先生はかなりアンテナ感度や問題意識が高く、窓口となって学校全体を動かしてくれます。そうした熱意ある先生たちと多くつながれたということが、なによりの資産だなと感じています。

先生向けSNS「SENSEI ノート(センセイ ノート)」

ただ、先生からマネタイズするという当初掲げたビジネスモデルがなかなか立ち上がらず、創業メンバーが次々と離脱する危機もありました。

浅谷それが平成28(2016)年の頭くらいですね。端的に言うと、課題解決への強い思いはあるが、きちんと収益を稼ぐための道筋についてちゃんと結論を出せずにぐだぐだしているうちに、内部崩壊していきました。

当時、あと半年くらいでキャッシュがショートする。創業メンバーの役員も辞めると言っている。インターン生のご両親から「おたくの業務のせいでゴールデンウィークにうちの娘が帰ってこない」とお叱りの電話をいただいた直後に、MacBookに麦茶をこぼして壊れて。なんだこれ、みたいな。何もかもうまくいかず、底を味わい、会社を畳むか売るか真剣に考えました。

ただ、学生時代の起業とは違って僕らには信念があった。やめる選択肢が生まれたことで続ける意味を考える機会になり、ふっきれたというか、自分たちがどこに向かっていくべきなのか、あらためて、より大きな視野で考え直すことができたのはよかったなと思います。

同時に、自分たちのことも大切にしないと事業は続かないなと痛感しました。確かに先生方は大変だし頑張っているけど、ある程度の安定した暮らしは保障されている。社会的な弱者かもしれないけれど、経済的弱者ではない。でも、僕らはめちゃくちゃ安い給料で頑張って、経済的弱者にもなっていると気づいたんです。

まずは社員の幸せや欲求を大事にする。そのうえで価値を提供する。と考えていったら、自然と会社も軌道に乗りだしました。そんななかでも、1号社員のエンジニアは辞めずに一緒に走り抜いてくれた。彼女の存在はとても大きかったですね。


平成29(2017)年の秋、浅谷はビジネスモデルの変更という一大決心をする。インターネットリテラシーや仕事探しといった、社会で役立つテーマの良質な教材を先生向けに無償で提供する「SENSEI よのなか学」だ。民間企業がスポンサーとなり、教材を制作。その教材を使うか否かは先生次第だが好評だ。Indeed、大手ウェブ検索エンジン企業、大手化粧品メーカーの3社の教材を使った授業を受講した生徒数は延べ2万人に達した。浅谷は次の時代、この事業を足がかりに飛躍を狙う。

先生に民間企業の知見を

新しく始めた「SENSEI よのなか学」という事業が好評のようです。

浅谷最近は「世間知らずなので」と自分で言う先生が多いんですね。これだけ複雑な社会で世間知らずのままだと親御さんからの風当たりも強くなるので、教材を通じて外界との接点をつくりましょうと。第一線の企業の知見を生かした無償の教材を使って授業をすることで、生徒にこれからの時代を生き抜くうえで必要な力や知識を身につけてもらう、というサービスです。

いまのインターネットのひとつの課題でもあると思うんですが、生徒さんも、やはり自分の友だちから流れてくる、自分にとって心地のいい情報ばかりに接していて、将来のことを考え能動的に情報を取りにいかなくなっている。そういう子どもに、彼らが世の中に出ていくときに必要な知見、かつ先生がなかなか教えられない領域を教材として提供する意義は大きいと思っています。

一方、若年層とのコミュニケーションに課題を感じている企業さんが多い。いまの若者はテレビを見ず、ネットも「Twitter」「Instagram」「TikTok」と分散していっている。そんななか、100万人の先生のもとに1200万人の生徒が毎日集う学校という場所がある。先生の賛同を得ることができれば、企業は子どもたちに大規模にアクセスできます。ということで、この事業を始めました。

営利と教育のバランスをどうとっているのでしょうか?

浅谷企業さんからは、広告宣伝やマーケティングの予算をいただき、教材をつくっているのですが、「どうやったら子どもに有益なのか」「どうしたら先生にもっと喜んでもらえるか」など、僕らも一緒になってかなり議論をして制作しています。そもそも、これは子どもに届けられないとか、教育的にどうなんだという内容のものは、先生がフィルターとして機能しているので、子どもには届きません。

やはり、僕らの一番の資産は先生たちの信頼。仮に企業から多額のお金がもらえるからと言って、営利に直結したエグい内容の教材をうまく提供できたとしても、後に先生方からの信頼を失い、コミュニティーが崩壊するだけ。なので、そこはうまく生態系として成り立っている。たまたま先生向けのSNSを6年間やり続けた結果、ぱちっと時代にはまる事業が立ち上がったと思っています。

SENSEI よのなか学を教材にした授業

世界的な課題に取り組む、知性の体現者であり続ける

これから新時代に入ります。元号の変わり目と時期を同じくして、4月1日にこれまでのLOUPEからARROWSへ社名変更しました。理由や思いは?

浅谷まず、新しいビジネスモデルができたこともあり、昨年から今年にかけて、会社のビジョンをあらためて整理し、ミッションも「世界的な課題に取り組む、知性の体現者であり続ける」と改定しました。

僕らは、ほかがすぐ“コピペ”できるような事業や、手っ取り早く儲かりそうな事業には興味がありません。人があまり手をつけない、難しいけれども大事だよね、という領域に手をつけて解決することにこそ僕らの存在価値があるし、それこそが知性の使いみちである、という思いを込めました。

それで社名変更ですが、あえて難しい方向にいって、新しい解を導こうということで、ちょっと挑戦的な意味も込めて、邪悪なものに打ち勝つ「矢」から、ARROWSとしました。加えて、インカ帝国をスペイン軍が滅ぼした後、スペイン軍に対峙したアパッチ族の話がありますが、そこにも着想を得ています。

スペイン軍はトップダウンで動く非常に中央集権的な組織ですが、自律分散型で攻撃したアパッチ族に混乱して押されるんです。僕らの事業もそれに近い構図だと思っていて、教育は文部科学省以下、中央集権的に束ねられていますが、僕らのサービスを利用してくれている先生が起点となり、中央集権的な構造に対してこれまでとは違うアプローチができれば、という思いもあります。

100万人単位で生徒にアクセスしていく

ミッションや社名の変更は象徴的な話ですが、新時代に入り、事業面ではどんな展望を描いていますか?

浅谷僕らは平成の時代を通じて、基本的には先生にフォーカスして先生向けのSNSメディアを運営することに注力してきましたが、これからは先生を通じて子どもたちにどんどんアクセスしていく。僕たちが主体的に、教育はこうあるべきだ、こういうことを知るべきだというものを提供していく。そこを強化します。

SENSEI よのなか学の教材を利用して学習する生徒数は、もう今年には10万人単位になるのが見えていて、来年には数十万人という規模になります。少なくとも、年間100万人単位の生徒にアクセスするところまでは持っていきたくて、数年以内に実現させようと考えています。ただ、これは始まりにすぎません。

「先生から、教育を変えていく」が僕らの新ビジョンですが、先生は可能性にあふれています。あらゆる手段で先生の可能性を最大化していくことで、さらに世の中に大きなインパクトが出せると思っています。

ただ、当初掲げていた、「先生の課題を解決する」という課題から離れるわけではないんですよね?

浅谷はい。SENSEI よのなか学は、先生が自分ではなかなか準備ができない領域やテーマについて、こちらで教材を作るわけですから、先生の負荷軽減につながります。また、現在、日本財団から1億5000万円の助成金を得て、先生の多忙な状況を改善する「SENSEI 多忙化解消委員会」というプロジェクトも3カ年計画で進めています。まずは昨年、千葉県柏市と協定を結び、つくばエクスプレスの柏の葉キャンパス駅にある「柏の葉小学校」を対象としています。

なにをしているかというと、担当者が朝から学校に行き、1分単位で先生の行動観察調査をする傍ら、先生の過去2年分の勤怠データもすべて分析しています。1500種類もある大量の書類が行政などから送られてくるのですが、それがどこから誰にきたのかも精査して、先生や保護者にもアンケートをとって、だれがどの時期に負荷が高いのか低いのかを洗い出し、残業時間の削減に導いています。

柏市は非常に協力的で、4月からは教育委員会にも常駐し、業務改善の対象を広げていきます。正直、いまの当社のリソースでは、きついところもあるのですが、やはり先生たちの労働環境が改善されないことには、新しい授業を準備したり、生徒としっかり向き合ったりする余裕は生まれない。根本課題に向き合わずして、教育の課題解決のパイオニアとは言えないなと思い、やることを決意しました。

世の中に貢献したい人は増えている

最後に、新しい元号の時代は明るい時代になると思いますか?

浅谷明るいと思います。僕らの世代ってリーマン・ショックや震災など、大事な時期に大きなアクシデントが起きていたので、逆に精神的には地に足がついている。かつ物質的にすごく満たされている世代なので、上の世代よりも世の中に貢献したいとか、課題解決をしたいと思う人がすごく増えているなと感じるんですね。なので、僕らのような世代がいること自体が希望だと思っています。

一方で、僕らの1世代、2世代上の起業家や経営者たちはお金との向き合い方、いわば資本主義との向き合い方がうまかったからこそどんどん伸びていきましたが、僕らの世代は、それが下手くそだと思うんですね。やはり、この世の中をよくしていくには、資本が必要です。

だから、僕はこれから徹底的に資本主義に向き合っていきたいですし、世の中の問題を解決して、かつお金にできる仲間も増やしていきたい。世の中全体で見ても、ソーシャルグッドを応援したい、自ら明るい未来をつくっていきたいという人が多くなってきている。楽観的と思われるかもしれませんが、未来は間違いなく明るいんじゃないかなと思いますし、そうなるように僕らも貢献していきます。

著者・編集:井上理 / Yahoo! JAPAN
写真:殿村誠士(別途記載の写真を除く)