平成から令和へ

インタビュー・平成、そして新時代

働き方の革新で先行し、
AI輸出国へ


株式会社シナモン社長平野未来

平野未来

昭和末期から平成初期に生まれ、平成におけるインターネットの成長と歩調をあわせるように育った「ミレニアル世代」。次の時代、彼ら彼女らが社会の中軸となり、変革へ挑む主役となっていく。AIによる業務効率の向上をテーマとし、シナモンを平成28(2016)年に創業した平野未来(34歳)は、その象徴だろう。新時代の担い手が見据える未来の姿とは。

物心がついたころにはパソコンや携帯電話、そしてインターネットに触れていたデジタル・ネイティブの草分け──。それが2000年代に成人を迎えたミレニアル世代だ。昭和59(1984)年に生まれた平野未来もそのひとり。お茶の水女子大学でコンピューターサイエンスを学び、東京大学大学院在学中に「未踏ソフトウェア創造事業」の対象に選ばれた才女で、平成18(2006)年に仲間とモバイル向けソーシャルアプリ開発の学生ベンチャーを立ち上げた。

そのベンチャーを平成23(2011)年にミクシィへ売却すると、翌年にシンガポールで新たなベンチャーを創業。平成28(2016)年にシナモンとして再出発し、ベトナムの開発拠点を中心に、AI(人工知能)を活用したソフトウエア開発に注力する。昨年から今年にかけて約15億円の大型調達を手がけ、今年2月にはサントリーホールディングスの新浪剛史社長をアドバイザーに迎えるなど、若手の連続起業家としても注目を浴びる。平成という時代は、彼女をどう育んだのか。

インターネットが生活のすべてを面白くした

平成元年に平野さんはまだ5歳。インターネットは、気づいたらすでにそこにあったというか、生活のなかに溶け込んでいた存在だったのでしょうか?

平野実は、そうではないんです。インターネットに触れ始めたのは中学3年生、平成10(1998)年ごろからで、それまでは「インターネットのない生活」をしていました。それが、インターネットの登場によって劇的に変わりました。私は新しいことが大好きな子どもで、中学3年生のときから自分専用のパソコンを持っていましたし、クラスで最初に携帯電話を持った生徒も私です。

毎月のようになにかしら新しいものが登場して、これまで不可能だったことが次々と可能になっていった。そんな変化を、いち消費者としてすごく感じると同時に、情報発信のおもしろさにも目覚めていきました。

たとえば、高校1年生のとき、「平野未来通信」と題したメルマガを作って毎日、友だちに送り付けていました。「mixi」の日記のように、「今日はこんなことがありました」みたいな内容の文章を、メールのBCCの宛先に複数の友だちのアドレスを入れて、勝手に送って。いま振り返ると、イタいですよね(笑)。

当時はまだブロードバンドが整備されておらず、ダイヤルアップ回線の利用料も高かった時代なので、放課後は毎日、学校のパソコン室に通い詰めて、閉まるまでそこにいるという生活を送っていました。

グーグル創業者と同じ学問を学んだ大学時代

平成とともに発達したインターネットを、まさにリアルタイムで使い倒してきた印象です。開発やサービスの提供側にまわったのはいつからですか?

平野大学に入って、情報数学科で学ぶようになってからです。1〜2年生のときに、プログラミングを学べば、自分でもいろいろなサービスをつくれるんだということに気づいたんです。それ以来、完全にプログラミングにのめり込みました。

大学での研究分野は「複雑ネットワーク」。これは、インターネットのように世界に広がる巨大なネットワークの性質について研究する学問で、米グーグルを創業したラリー・ペイジとセルゲイ・ブリンもこの複雑ネットワークを用いて検索のアルゴリズムを開発しました。そのことを知り、私が大学で研究している学問がビジネスに結びつくものだ、ということを理解しはじめたのが、大学4年生のころです。

その後、東京大学大学院に進学し、平成18(2006)年に最初の起業をしていますが、なにかきっかけや影響を受けたことはありましたか?

平野ひとつは、大学4年生のときにSNS向けのマーケティングエンジンを制作して、「未踏ソフトウェア創造事業(ソフトウエア関連の人材育成を目的とした経済産業省傘下の情報処理推進機構による補助金事業)」に応募したら、採択されたこと。もうひとつの起業の大きなきっかけとなったのは、SNSの「mixi」です。

学生時代に起業したネイキッドテクノロジーのメンバー

かつて、ソーシャル的なつながりを生むものというのは携帯電話の電話帳くらいでした。それが(知らない人とも「マイミク」としてつながれる)mixiによって劇的に変わった。コミュニケーションの取り方、友だちとの接し方も変化しました。それまでは、自分からメッセージを送らないとつながれなかったけれども、mixiの登場によって、連絡をとらなくても友だちの状況を知ることができるようになった。

私も、そんなふうに、これまでとはまったく質の異なる体験を提供するようなサービスをつくりたいと思うようになりました。

次の時代への足がかりをつくれた

最初の起業から12年。平成の半分近くを起業家として過ごしてきたなかで、インターネットやデジタル社会の発展にどう寄与できたとお考えですか?

平野ひとつは、さまざまなサービスをガラケーなどの端末でも使えるよう最適化する「モバイル化」。たとえば、学生時代に起業したネイキッドテクノロジーでは、今のTwitterのように短文のメッセージをガラケーでやり取りできる「一言SNS」を開発しました。パソコンでmixiを使っていて、「このサービスってモバイル上にあるべきだよな」と思いまして。

ほかにも、HTMLを書くだけでガラケーとスマートフォン、両方のアプリを開発できるミドルウエアを開発したところ、当時、スマートフォンへの対応を急いでいたミクシィが注目してくださり、ミクシィに最初の会社を売却することになりました。ということを通じて、モバイル化にはそれなりに貢献できたのかなと思っています。

もうひとつは、いまの会社で取り組んでいるテーマですが、次の時代で働き方を変えるための足がかりをつくれたこと。今の日本人は働き過ぎだし、間違った働き方をしているんじゃないかと思っていて、もっと生産性を高めて、働き方を変えるようなソリューションを提供し始めています。

その最たるものが、「Flax Scanner(フラックス・スキャナー)」という製品。契約書や請求書など、フォーマットが決まっていない文書や資料を、それがPDFであれ、ワード文書であれ、手書きであれ、AIが正確に読み取ってデジタルデータとして分類したり、データベースに自動出力したりできるアプリケーションです。とくに、手書き文字の読み込み精度が高いのが特徴で、研究データでは99.2%、実データでは95~98%の認識率を誇ります。

Flax Scannerは、非定型の帳簿類をAIで正確に読み込み、データ化する

こうした製品を応用して、弁護士のような専門的な文書を扱う方でも、数日かかっていた作業を数分で終えられるようなサービスも開発しています。また、製造業の技術者や研究者向けの技術文書をデジタル化して、数秒で目的の文書を探せるようにした、という事例もでてきました。これまでは会社の図書室で30分くらいかけて探していた時間を、大幅に短縮できたと好評です。


インターネットやITは、人々のコミュニケーションや社会の仕組みを大きく変えたと同時に、個々人の「働き方」も大きく変えつつある。リモートワークは当たり前のものとなり、新しい時代はAIによる生産性の向上で、産業構造や労働環境がさらに激変すると目されている。これこそが、平野が挑む本丸のテーマであり、若き起業家にとって平成は、次の時代に向けた土台づくりの期間に過ぎない。助走を終えた平野は新たな時代の入り口に立ち、テクノロジーのさらなる進化が「これまでになくハッピーな暮らし」をもたらすと予見する。

次の世代で同じ過ちがあってはいけない

平野さんの世代は、平成よりも新時代のほうが長く働くことになります。新しい時代は、どんな時代にしていかなければならないとお考えですか?

平野やはり、人々の「働き方」というものを、圧倒的に変えていかなければならない。ちょうど、インターネットが登場した中学生のときに、電車通学をするようになりましたが、当時、車内で見たサラリーマンの様子は、20年経っても同じです。残念ながら日本人の働き方の本質はほとんど変わっていません。その点は、私たちが使命感をもって変えていかなければならないと思っています。

シナモンを創業したのと前後して、第1子を出産してから、特に強くそう思うようになりました。メディアが連日、大手広告会社の新人社員の過労自殺を報じていたころと重なります。この事件が私に強く影響を及ぼしていまして。

次の世代で同じ過ちがあってはいけない。そのためには今の日本人が働き方を劇的に変えなければならない。それが私たちの世代のミッションである──。そう、未来について真剣に考えるようになりました。

「面倒くさい仕事」をなくしたい

具体的に、働き方はどう変わるべきなのでしょうか? すでに、インターネットによって社内コミュニケーションも大きく変わっています。

平野たしかに、コミュニケーションの方法が変わり、リモートワークのような新たなワークスタイルも広まってきたと思います。でも、仕事をする過程で面倒くさいことは、まだまだ山ほどありますよね。

たとえば資料をつくるとき、「あのデータはどこだっけ?」と社内のシステムを検索します。ありそうなカテゴリーやフォルダの目星をつけて、サブカテゴリーに下りていって、ファイル名のマッチングをして、「見つかった!」みたいなことをやっているわけです。これって、平成初期のインターネットでディレクトリ型の検索サービスを使っているのとすごく似ていますよね。もっと言えば、昭和の時代に会社の書庫に資料を探しに行くのと本質は変わらないとすら思います。

ほかにも、会議があったら記録をしなければならなかったり、スケジュール調整をしたり。仕事をするとき、いろいろな「作業」が発生する一方で、クリエーティブなことをしている時間ってかなり短い。「それって本当に人間がする必要あるんだっけ?」と疑問に思いますし、機械にできることは極力、任せるべきだと思うんです。

「息をするようにできること」が得意なこと

その思いが、AIによって業務効率を上げるFlax Scannerのような製品へとつながっていったと。ただ、これはあえてお聞きしますが、AIやロボットが人間の仕事を奪う脅威になるのではないかという議論を持ち出す人もいます。いま現在、面倒な「作業」に追われている大多数の人々は、急にクリエーティブな仕事に向かえるのでしょうか。あるいは、どのように適応すればいいのでしょうか?

平野ものすごく「得意なこと」を見つけてもらいたいなと思います。本当に得意なことに気づいていない人は、かなり多い。なぜかというと、一番得意なことって、息をするように自然にできることで、あまりに簡単にできてしまうので、本人は得意とは思わないんですよね。でもそれって、じつはほかの人にとっては大変で、別の会社や組織でも需要がある能力。ということに、気づかないだけなんです。

東京(上)と開発拠点をベトナム(下)に拠点を構える

私で言うと、ビジョンや未来を描くこと。頼まれなくても、いつも息をするように、無意識に未来のことを考えてしまう。人は「すぐにはできないけれど、努力すればできること」を得意なことだと思い込みがちですが、それは努力に対して報酬を支払う制度のもとで自分に負荷をかけた結果ですし、じつはやりたくないことかもしれません。いずれにせよ、本当に得意なこととは言えないと思います。

「週4〜5日、1日2〜3時間」勤務の未来

“AI社員”のおかげで誰もが得意なことを見つけて働けるようになる未来というのは、具体的にどんな生活が待っているのでしょうか?

平野AIを活用して一人ひとりの労働時間を短縮できれば、1日の労働時間は2〜3時間になるというイメージです。誰もがクリエーティブに楽しく働いているし、余った時間で自分の趣味を楽しんだり、家族と過ごしたりできるようになる。

ただし、月〜金とか月〜木とか、週4〜5日は絶対に働いたほうがいいと思います。人間は社会的な動物なので、何かをして、ほかの人に感謝されないと、気持ちがダウンしてしまう。まったく働かない未来というのは、よくないと思います。

自分が一番、得意な分野でちょっとだけ働いて、週末とその前後の日を利用して旅行にも行ける。ベーシックインカムの支給が保証されていて、そこに働いた分が上乗せされる──。まとめると、そんな世界でしょうか。そうなったら、みんなハッピーなんじゃないかなと思います。

そんな暮らしは、あとどれくらいで実現できそうでしょうか?

平野次の時代には実現できると思っていますが、少なくともあと10年はかかるでしょう。問題は財政ではなく、世の中に「面倒な仕事」がありすぎること。その8割をAIやロボットがやってくれ、人間の代わりにお金を稼いでくれるような状態をつくることができれば、財源が生まれますから、ベーシックインカムを整備するところまでたどり着けます。

ただ、面倒な仕事に従事する人の数が多すぎるので、AIやロボットを働かせる仕事に取り組む人材が足りていません。私たちもどんどん採用をしたいのですが、追いつかないというのが現状です。

日本が「ビジネスAI」で世界トップを誇る

日本は世界のなかでも特に少子高齢化が進んでいる分、代替の労働力としてAIやロボットを受け入れやすい土壌にあります。一方で、AIの基礎研究や応用において、「GAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)」に象徴される海外勢のほうが進んでいるという印象です。日本はイニシアチブをとっていけるのでしょうか?

平野日本はいわば「課題先進国」なんです。生産人口が足りないとか、非生産的な働き方をしているというのは、問題ではありますが、企業にとっては業務をオートメーション化するインセンティブがあり、仕事が自動化されるポテンシャルがある国だともいえます。おかげで、その解決のための研究も世界で一番、進んでいる。

マイクロソフトやグーグルの副社長を歴任後、投資家として活動している李開復(カイフ・リー)さんによると、AIの領域は段階に応じて四つにわかれます。その二つ目の、業務改善に寄与する「ビジネスAI」こそが、私たちが手がけているもので、日本が世界のトップレベルにいるという認識です。

たしかに、ユーザーの情報を収集して利活用する「インターネットAI」や、自動運転車のような製品やサービスのための「オートノマスAI」の領域では、米国や中国が進んでいるイメージがあります。ですが、「ビジネスAI」となると、米国は日本よりも半年から1年くらい遅れていて、ようやく実証実験をやっている段階ですし、中国ではまったく研究されていない。

このビジネスAIの開発をどんどん進められれば、日本は将来、AIの輸出国として大いに存在感を示すことができると思います。課題を抱えた国だからこそ、その解を先に見いだせるメリットがあるんですよね。

平成は日本の国力が地盤沈下してしまった時代ともいえます。令和は、明るい時代になるのでしょうか?

平野私は平成という時代にも、インターネットの登場によって、本当に楽しく過ごさせてもらえました。でも、次の時代は、それよりもさらに明るく楽しい時代になると思っています。

著者・編集:井上理 / Yahoo! JAPAN
写真:殿村誠士(別途記載の写真を除く)