平成から令和へ

インタビュー・平成、そして新時代

この国は技術でよみがえる、
武器はハードとAI


株式会社Preferred Networks社長

西川徹

技術立国。かつてそう呼ばれた日本は、平成という時代を通じてその威光を失っていった。しかしいま、トヨタ自動車はじめ、あらゆる大企業がこぞって期待をかけるAI(人工知能)ベンチャーがある。新時代において国内最大のユニコーン企業(企業価値が10億ドル以上の未上場企業)と言われるプリファード・ネットワークスだ。率いる西川徹(36歳)は、きたる世界的なAI競争で明確な勝ち筋を描く。

平成が始まったころに小学生となった西川徹は、小学4年生からプログラミング言語の入門書を読んで独学を始め、筑波大学附属駒場(筑駒)中学校のパソコン部に入ると分解して修理した中古のパソコンでゲームなどのプログラミングに没頭した。筑駒高校時代はネットワークやインターネットにもどっぷりと漬かり、コンピューターを学ぶためにどうしても進学したかった東京大学理学部情報科学科に入学。仲間とプログラミングの大学生コンテストに挑戦し続け、同大大学院に進学した年に念願の世界大会への出場を果たした。

一方、同大大学院在学中の平成18(2006)年に自然言語処理や検索エンジンの開発を手がけるベンチャーを学生仲間と起業。その後、ディープラーニング(深層学習)を中心としたAI技術の実用化に注力するため、平成26(2014)年にプリファード・ネットワークスを設立。名だたる大企業から提携や出資のオファーが舞い込み、自動運転やがんの早期診断といった分野で共同研究を進めている。平成という時代はこの「ITの申し子」をどう育んだのか。

コンピューターの急速な進化を目の当たりに

西川さんにとって、平成とはどんな時代でしたか?

西川ひとことでいえば、コンピューターが進化した時代。小学4年生のときにコンピューターを知り、中学生からプログラミングにはまってきたなかで、その進化の速度は本当に急速でした。

中学校の入学祝いで中古のコンピューターを買ってもらってからは、ほぼ毎日のように触っていましたね。「MS-DOS」マシンが「Windows3.1」になって、「Windows 95」が出て。コンピューターが世界中を埋め尽くしていく過程をリアルタイムで体験していたので、コンピューターが中心の社会になってくるんだろうなというのは、当時からずっと思っていました。

インターネットに最初に触れたのはいつくらいですか?

西川中2か中3くらい、平成8〜9(1996〜97)年くらいには、「ピーピーガーガー」と音が鳴る28Kのモデムを使って、インターネットをやり始めていました。当時は回線も細すぎるし、ネットワークというものがそんなにわかっていたわけではないですが、いろいろなソフトウエアをダウンロードしたりしていましたね。

高校に進学した平成10(1998)年くらいになると、だんだんサーバーを立ち上げてウェブサービスみたいなこともやり始めて。高校生にはWindowsのサーバー用OSって高すぎるので、無償で使えるオープンソースのLinuxOSや必要なソフトをネットからダウンロードしてきて、学校のパソコン部と同じ環境を家で再現して、文化祭の展示の準備をしたりしていました。

筑駒に在学当時、10代のころの西川(提供:西川徹)

プログラミング世界大会への挑戦

その後、東京大学に進学し、年1度開催される大学生の国際的なプログラミングコンテストにチャレンジしていきました。

西川大学1〜2年のころは、授業もあまり出ないで遊んでいたような記憶があって、勉強らしい勉強はそのコンテスト向けの準備くらいでした。1年のときは国内大会まで行けましたが、2年、3年のときは大学内の予選で落ちちゃって。何十チームもあるなかの3位以内に入らないと国内大会にも行けず、大学院の先輩方もいるなかで3位に入るのはけっこう大変なことでした。

それで、4年のときにアジア地区大会まで行くことができて、台湾にも派遣してもらって、ようやく世界大会に行けたのは大学院の1年です。そうした経験を通じて感じたのは、中国やロシアのチームが強いなと思った半面、米国人は意外と弱いなと。MIT(マサチューセッツ工科大学)は強いんですけれど、メンバーはだいたいアジアからの留学生なんですよね。

技術に対する揺るぎない思い

その翌年、大学院1年時の平成18(2006)年に、自然言語処理と検索エンジンの開発を手がけるベンチャーを仲間と設立しました。きっかけは?

西川ひとつのきっかけは、マイクロソフトの存在です。大きくなって世の中を変えていく過程はすごく印象的で、「ビル・ゲイツはすごい。僕もいつかは自分自身で新しいコンピューターをつくりたい」と子ども心にずっと思っていました。

しばらくベンチャーキャピタル(VC)などからの出資は受け入れず、資本金も当初の30万円のまま。ソーシャルゲームなどで上場していくベンチャーが続出するなかで、異色の存在でした。

西川僕が学生時代にアルバイトをしていたバイオベンチャーで、VCが口出しした結果、ずたぼろになる過程を目の当たりにしていまして。そのVCは、技術をわかってないのに口だけ出すという、大嫌いなタイプでした。もちろんいまは、ちゃんと技術をわかって出資してくれるVCもありますが。

それと、会社をつくったもうひとつの大きな理由に、「優秀な人と一緒におもしろい技術を自分たちで追求したい」という思いがありまして。そこは最初から揺るぎないんですね。上場して大きくなっていく人たちもいたんですけれども、そういう会社のなにが技術的におもしろいのか自分たちにはよくわからなかったですし、別にそっちにいかなくてもいいかなとは思っていました。

自由でいることが、逆に自由度を奪っている

創業して8年の平成26(2014)年、自然言語処理や検索エンジンの事業を他社に譲渡し、西川さんたちは新たにプリファード・ネットワークスを設立しました。そこから、かなり大きくシフトしましたね。

西川最初のベンチャーでは、投資家のお金も入れずに自由に好きなことをやっていきたいと思っていたんですけれども、一方で新しい技術をつくるには、きちっと投資をして加速させなければならない。僕らは次の技術の形を追求していきたいわけで、そのためには速度が十分ではなかったですし、自由だけれど加速できてないことが、逆に自由度を奪っていると思うようになり、大きくシフトしました。

それまでの自然言語処理や検索エンジンって、要は後追いだったんですけれども、そうじゃなくて自分たちが主導して技術をつくっていけるような、そういった方向性にシフトしていきたいと。一方で、これまでのビジネスを引き続き育てたい人もいる。であれば、わけちゃったほうが早いよねとなって、僕らは独立しました。


平成26(2014)年、プリファード・ネットワークスが誕生すると、同年にトヨタ自動車との共同研究を開始。NTTやファナックなどとの提携も続いた。研究開発の中心はディープラーニング。平成29(2017)年にはモビリティー分野におけるAIの共同開発を加速させるためにトヨタから約105億円の出資を受け入れ、博報堂、中外製薬、東京エレクトロンなどからの出資も続き、プリファードの名を世間に知らしめた。新たな時代、それらの成果が花咲こうとしている。

ディープラーニングとIoTの掛け合わせ

プリファード・ネットワークスを立ち上げた途端、名だたる大企業から次々とラブコールを受けました。これは戦略通りなのでしょうか?

西川運がよかったんですね。そもそも、スピンオフした大きな理由のひとつに、「ディープラーニングにフォーカスする」というものがあります。まだ当時の世の中は、ディープラーニングよりも従来の機械学習の手法をちゃんと生かしていきましょうというコンセンサスで、「ディープラーニングはまだ早いんじゃないの」という声がほとんどでした。

もうひとつは、ちょうどそのとき「IoT(モノのインターネット化)」というブームが来ていて、IoTこそディープラーニングを生かすべきだ、という漠然とした考えもありました。当時、グローバルに見ても、ディープラーニングとIoTに同時に取り組む会社は少なくて、米国の大手であっても、「ディープラーニングというのはまだこれからなんだよね」といった会社が多かった。そうしたなか、「いやいや、もうディープラーニングにいくしかない。IoTと掛け合わせる」と一気にシフトした。そのタイミングが絶妙だったということだと思います。

加えて、我々には他社にはまねできない技術力もある。ディープラーニングそのものと、その応用分野、両方を深く理解して、ちゃんと技術で価値を生む、という方針をいろんな企業さんからご評価いただけたということだと思います。

第3回日本ベンチャー大賞の授賞式で、左から世耕弘成・経済産業大臣、西川、ファナック会長兼CEOの稲葉善治氏

コンピューターとともに人間も進化すべき

これから新しい時代が始まります。まずは、インターネットやITの文脈で、次の時代はこうなる、平成とはここが違う、という展望を教えてください。

西川まず、ディープラーニングの技術によって、人がソフトウエアのコードを書くことから解放されつつあります。これまで数百万行も必要だったシステムのプログラミングのコードが、数千行で済むようになる。なので、平成が終わってなにが起きるかというと、プログラミングのパラダイムがいよいよ変わっていきます。

そうするとコンピューターはさらに飛躍的な進化を遂げ、コンピューターでできることが格段に増えていく。人間の想像を超えることが、たくさん起きてくる。そのことを、人間はきちんととらえられるように進化しなければなりません。言い換えれば、どれだけコンピューターをちゃんと制御しながら進化し続けられるか。その正念場であり、転換点にもなる時代になるんだろうなと。

プリファードとして、具体的にこうして未来を明るくしていく、というマニフェストを掲げるとすれば、なんでしょうか?

西川まず、僕らは世界中の人たちがコンピューターの進化を享受でき、活用できるような新しいコンピューターを考えています。そのひとつがロボットですが、これからディープラーニングの能力でもっと賢くなり、人が困っていることを当然のように助けるようになる。そういった時代がやってきますし、我々がそこを主導し、世界中にロボットに限らず我々のコンピューターを普及させていきたい。

同時に、さきほどの話に関連しますが、ちゃんとそのコンピューターを使いこなせるよう人間のレベルを上げていくことも重要です。人間の科学へのリテラシーが上がらないままコンピューターだけが進化していくと、制御できない世の中になってしまう。一部の限られた人たちだけではなく、ほぼすべての人類がコンピューターの進化にキャッチアップし、道具としてきちんと使いこなせる。そういった時代をつくれるように、事業を進めていきたいと思っています。

手足のついたコンピューターが主流に

いま、トヨタとの協業に代表される自動運転、ファナックに代表される工作機械、国立がん研究センターに代表される医療、この三つを重点領域として掲げています。

西川自動運転車と産業用ロボットって、僕のなかではどっちも同じロボットで、世の中で提供されるコンピューターの大部分が“ロボット化”していくんだろうなと。自動運転車を「モビリティーのサービス」ととらえる見方も世の中にはあると思うんですけれども、僕らは、物理的に作用することができるコンピューターの、一形態が自動運転車だという認識です。

これからは、ロボットの躯体や自動車を媒介することで、コンピューター自身が現実世界を駆動し、現実世界に直接、影響や作用を与えるようになる。要は、手足のついたコンピューター、というのが主流になっていくだろうなと。その意味で、自動運転と産業用ロボット、この二つの分野というのは、先ほど申し上げた進化したコンピューターを普及させるうえで重要なステップになっていくはずです。

CEATEC JAPAN 2018で全自動お片付けロボットシステムを初公開した

医療、ライフサイエンスの領域は、コンピューターではなく、直接、人類を進化させる試みです。

西川やはり生物は機械よりもずっと複雑で、いまの二つの領域よりライフサイエンスはずっと難しい領域なのですが、人間の頭脳ではもう理解できないレベルにまでなってきている。そういった複雑な生物のシステムを機械の力をもって解明していくというのは、科学的にも面白いですし、魅力的なので、それで僕は創業当初からずっとライフサイエンスをやっているわけです。

それに、僕らはずっとコンピューターをつくり続けたいのですが、そのためにはみんなが健康で長生きしなければいけない。生活するうえでの健康上のリスクを極力排除していきたい、という思いもあります。

ハードとソフトの境界はなくなる

かつて技術立国や技術大国と呼ばれていた日本ですが、新しい技術の分野において、グローバルでの存在感が希薄化しています。次の新時代、日本に希望があるとすれば、それはなんなのでしょうか?

西川日本のモノづくりや、デバイスに対する理解というのは、やっぱりほかの国にはない強みで、最後までこだわってつくられているモノが多い。いまだにロボットの技術を学びたいから日本に来た、という外国人も多くて、要はハードが優れているわけです。そのアドバンテージがあるうちに新しい分野をつくり上げ、かつその分野をきちんと皆が学習し、国のレベルを上げられるようにしていくというのが、極めて重要だと考えています。

日本はかつてハードウエアに強く、ソフトウエアをおろそかにしたという指摘もあります。今後はソフトの部分をまさに西川さんたちが担い、ハードで強かった人たちと合わさることで、ふたたび日本が力を持つ日がくると。

西川そうですね。その可能性は間違いなくあると思っていて。というのも、ハードとソフトの境界ってこれからなくなるんですよ。いままでは、ハードの上にソフトを載せているだけだったのが、ソフトがどんどん賢くなってくると、それによってハードの要件も変わってくるわけです。

たとえば、人間はソフトのバランス制御が非常に優れているので、体重が軽い子どもでも柔軟にバランスをとって、モノを持ち上げることができるのですが、いまのロボットではそれができないので、重心を低くするつくりにしています。ただ、ソフトが進化すれば、当然、適したハードの形態や重さも変わってくるはずで、ソフトとハード、両輪で進化していく時代がやってくるんです。

なので、ソフトウエアとハードウエアを別々に考えていたら決していいものはつくれない。逆に言えば、ソフトとハードを組み合わせて新しい進化を起こしていくうえで、この国には非常にいい土壌がそろっているはずです。そういったことに取り組める人が日本にどれだけいるのかというのが、たぶん次の時代の決め手になってきて、そこを乗り越えられれば、また日本のプレゼンスを上げることは、十分に可能なんじゃないかと思っています。

「GAFA」は怖くない

一方で、「GAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)」に代表される巨人たちの支配力はAI時代でも顕著になってきており、欧州などが対策に追われています。我々日本は、どう対峙するべきなのでしょうか?

西川人材の取り合い、という面では明確に敵になりますけれど、そこまで深刻にとらえなければならない問題かというと、僕はそう思わないですね。30年前の世界の時価総額ランキングがいまと全然違うように、また30年かけてどんどん入れ替わるんだろうなと思いますし、じゃあ、たとえばアップルにAIで世界をひっくり返せる技術があるのかというと、別にそうではない。

だからあまり心配はしてないですし、たとえば僕らはアマゾンの「AWS」を活用して、圧倒的にホスティングのコストを抑えていますが、利用させていただいたり、手をとりあえたりするところは組みつつ、しかし、ずっと彼らのフォロワーで居続けないよう、努力していけばいいと思っています。

AIの技術開発競争において、自動運転車の「Waymo」にせよ、オープンソースの機械学習ライブラリー「TensorFlow」にせよ、米アルファベット(グーグルの親会社)に一日の長があるように見えます。プリファードの「勝ち筋」は?

西川たしかにWaymoは強いですよね。そこは正直そう思います。ただ、ソフトウエアは最終的に、ほぼコモディティー化すると思いますし、取り換えが利くわけですよね。Waymoが大きくなれば、そこからまた人材も流出するでしょうし、長期的に考えるとおそらくソフトだけの技術差はなくなってくるんじゃないかなと。

TensorFlowとの戦いも、やっぱり世界にはグーグル好きな技術者が多くて支持されていて、現状では、けっこう厳しいなという印象ですが、一方で彼らは大企業であり、伝え聞くところによると「サイロ化」が進んでいるわけです。多岐にわたるプロジェクトに明確なヒエラルキーがあって、おのおのが閉じていて、横の壁がなかなか壊せないと。なので、ハードとソフトの部隊がどれだけ融合できるか、プロジェクトの壁をどれだけぶち壊せるか、というのが僕らの勝ち筋になってくると思います。

「僕はこの国が好き」

ハードを得意とする日本の大企業とのコラボレーションがカギとなってくるわけですね。その意味で、「日本株式会社」を元気にする使命を帯びているという意識もあるのでしょうか?

西川いやいや、まだまだ僕らも精進しないといけない部分がたくさんあると思いますし、弊社は海外からもいろいろなメンバーが来てくれているので、「日本株式会社」という意識はあまりないのですが、ただ、日本が持つ強みを生かして武器にすべきだ、とは明確に強く思っています。

モノづくりもそうですし、たとえばアニメーションもそうだと思うんですね。アニメーションの技術は、これからロボティクスにおいても極めて重要になってくる。「ヒューマノイド」でリアルな人間のような外観にしていけばいいのかというと、そんなことは全然なくて、人が自然に受け入れられるデフォルメされたキャラクターの見た目や動きの研究も進んでいます。

そういう日本の持つ、いろいろな強みを核に、いろいろな日本の会社が持っている強みを融合させて、世界に冠たる新しい技術をつくっていきたい。そういう使命感はあります。僕はこの国が好きなので。

最後にあらためて、技術でこの国はよみがえるのでしょうか?

西川よみがえらせなければいけない、と僕は思っています。幸いにも、ここまで運が僕らの味方をしてくれました。ディープラーニングとIoTの掛け合わせで、ここまでプレゼンスを得るということは運がなければできなかったと思いますし、しかも、ものすごくいいパートナーの方々がついてくださって、人材にもすごく恵まれてきています。なので、おこがましいかもしれないですけれども、そこは僕らがちゃんと主導していきたい。そう思っています。

著者・編集:井上理 / Yahoo! JAPAN
写真:殿村誠士(別途記載の写真を除く)