平成から令和へ

インタビュー・平成、そして新時代

いかがわしくあれ、
新しい文化に
立ちすくむな

ソフトバンクグループ株式会社
代表取締役会長 兼 社長孫正義

孫正義

平成の歴史は、すなわちインターネットの歴史とも重なる。平成の最初の数年間で産声をあげ、十数年でブロードバンドとなり、二十数年でモバイルインターネットへと進化し、社会や人々の生活にすっかりと根づいた。常にその中心に、孫正義(61歳)がいた。インターネットとともに平成を駆け抜けた孫はひとつの時代が終わるいま、何を思うのか。そして、きたる新時代をどう予見するのか。

昭和から平成に移り、30歳代に入った孫正義は、まさにこの時代に頭角を現し、インターネット産業の先頭に立って情報革命をリードし続けた。平成2(1990)年、すでに起業していたコンピューターソフト卸売り販売の会社をソフトバンク株式会社に社名変更し、平成6(1994)年に株式の店頭公開を果たすと、平成8(1996)年には米ヤフーと合弁でヤフー株式会社を設立。人々はヤフーを入り口にインターネットをサーフィンするようになり、ウェブサイトの運営者はこぞってヤフーにリンクを掲載してもらうことを目指した。

そしてADSL方式のインターネット接続サービス「Yahoo! BB」を低価格で大々的に展開すると、日本のインターネットは一気にブロードバンド化へと舵を切った。ボーダフォンを買収し、携帯電話事業に乗り出したソフトバンクが日本に初めて「iPhone」をもたらすと、インターネットの主戦場はパソコンからモバイルへと移行し、小さな、しかし高性能のコンピューターをひとり1台持つことが当たり前の時代となった。それらのすべてを仕掛けた孫が、インターネット史における平成という時代を総括する。

平成のインターネット、「まだ生まれただけ」

この先も何百年と続くであろうインターネットの歴史の中で、平成の30年間というのは、どんな位置づけになるのでしょうか?

インターネットの黎明期、いわゆるその当時の“大人”とされた人たちは、我々はリアルの中で仕事をしていると。インターネットというのはなにか怪しげなバーチャルな空間で、君たちはなにを浮ついたことを言っているんだと。そういう見方でしたよね。それでも、インターネットに未来があるんだと言い続けた結果、だいぶ変わった。

1996年、ヤフー創業のころ(写真:毎日新聞社/アフロ)

今は、インターネットが生活の中心になってきていると誰もが感じているだろうし、そもそもインターネット黎明期にまだ若かった我々が、逆に大人になって世代が変わっているわけだから、世の中の常識が変わるのも当然です。

ただ、これからも続く長いインターネットの歴史からすれば、平成の30年間というのは、まだインターネットが生まれただけ。そういうところだと思いますね。これからさらに広がりますから。

思い描いていたとおりの未来がやってきた

怪しげなインターネットにかじりついていた人たちが、今はむしろ世の中の中心に立ってきている。それは大きな変化ですね。ちなみに、平成が始まったころはすでにソフトバンクを起業していましたが、当時に思い描いていた未来のとおりに今はなっていますか?

多くの人が「想像してなかったでしょう」と言うんだけど、僕は当時からこんなふうになるんじゃないかと思っていました。「孫のくせに不遜だ」とか言われそうですが(笑)。いや、そもそも、平成が始まるずっと前、1970年代後半くらいには、いずれこうなるであろう、ということは見えていた。カリフォルニア大学の学生だったころ、10代のときからネットワークコンピューティングに触れていたという原体験がありましたから。

その後、1980年代後半には日本でも徐々にパソコンが普及し、平成初期にはインターネットの仕組みができ、平成5(1993)年にインターネットを閲覧するブラウザーの「Mosaic」が出てきて、本格的なインターネット時代が始まりました。

やっと来たかと。一般のコンシューマーが自分のパソコンをインターネットにつないで、ひとつのキャンパスや会社の中のネットワークじゃなくて、不特定多数の人々とフラットに情報をやりとりすることができる。そんな時代が来たぞと、もう鳥肌が立ちましたよね。

インターネットを発展させた立役者は当然ひとりではないし、あちこちで起きたさまざまなストーリーがひとつの大きな流れになったわけだけれども、やっぱり、ブラウザーの礎となった「Mosaic」や「Netscape Navigator」をつくったマーク・アンドリーセンの功績は大きいですよね。

僕はまだ「Mosaic」のときに、真っ先に飛んで会いに行きました。一緒にやろうと(笑)。その後、マークや「Netscape Communications」のもうひとりの共同創業者であるジム・クラークが、スタンフォード大学の研究用ワークステーションで「Yahoo!」をつくっていたふたりの開発者、デビッド・ファイロとジェリー・ヤンを支援して、ヤフー・コーポレーションが生まれ、後にグーグルだ何だと生まれていったわけですからね。

マーク・アンドリーセン、最初のウェブブラウザー「Mosaic」を開発した(写真:Justin Sullivan/Getty Images News/ゲッティイメージズ)

平成における「決定的な遅れ」

思い描いたとおりの未来に進んでいく過程で、常に米国が情報革命やインターネット産業の中心に存在し、最近ではスマートフォンなどのデバイスで中国や韓国がリードしています。日本の存在感は平成という時代を通じて減退しました。

そうそう。平成は失われた30年間。日本は、まるごと下っていってしまった。昭和末期の1980年代、日本が「電子立国」と言って、家電を中心にすごく自信満々な時期がありました。そのときに、いわゆるソフトウエアのことをバカにしている人たちがいました。

僕らがいくら、「これからはソフトの方が大事ですよ。ソフトこそが頭脳で、ハードは言ってみればただの箱、道具にすぎません。ソフトが主役になる時代が絶対に来ます」ということを言っても、「ハードウエアこそが主役である」と。いかがわしい若い小僧たちがソフトウエアだとはしゃいでいるけれども、わけがわからないし、アルバイトで雇って書かせておけばいいと。そういう“大人”が多かった。

当時の日本の主流のビジネスマンたちは、モノをつくってなんぼ、モノづくりにこそ魂があるみたいなね。結局、それが日本の決定的な遅れにつながったんですね。

日本のインターネットの発展に「大した貢献はしていない」

そうした風潮のなかで、孫さんはソフトウエアにこだわり、日本のインターネット産業の発展にも貢献しました。

いや、大した貢献はしていないですよ。世界や時代がいや応なくインターネットやテクノロジーの方向に流れているわけで、我々が存在していようがいまいが、インターネットというのは勝手に大きくなっていったと思うんですね。決して、その流れを斜めに見るんじゃなく、一生懸命その波の最先端のところにしがみつき、問題や課題も自分たちが解決する側に回らなきゃいけないということで、もがき苦しみながらも、一緒に歩んできたというだけです。


孫はそう謙遜するが、孫やソフトバンクグループは平成という時代で、インターネットそのものの普及を後押しし、さらにモバイルインターネットへの移行も加速させたのは事実。もはや、社会や生活、経済活動に欠くことのできない存在となったインターネットは、きたる新しい時代に、どのような変貌を遂げていくのだろうか。そしてその時代を明るい未来にするため、我々はなにをすべきなのか。孫が指針を示す。

令和は、AIインターネットの時代へ

ここからは、この先の未来の話を聞かせてください。令和は、情報革命やインターネットの歴史において、どのような時代になると思いますか? そして、その時代を明るいものにするためには、どうすればいいと思いますか?

インターネット自体は、植え込みの時代が終わり、昔でいう“読み書きそろばん”のような当たり前の存在となった。これからは、収穫、ハーベストの時代です。その収穫期において、収穫を大きく左右するカギとなるのは、やはりAI(人工知能)でしょう。すなわち、AIが時代を明るくするカギにもなる。

もうAI以外の案件は持ってくるな、というくらい、今、僕自身もAI一筋です。インターネットが始まった当時、ソフトバンクの本業はパソコンソフトの卸と出版で、インターネットからの収益は売り上げの0.1%くらいだったけれども、僕は「もうインターネット以外には興味がない、パソコンの仕事は持ってくるな」と完全に振り切った。0.1%のことに99%のチカラで突っ込んでいきました。

同じように、僕は今、もう99%、AIに集中している。そのくらい振り切っても、世界ではなかなか難しい勝負になっています。

2018年度のソフトバンクグループ決算説明会ではAIの重要性を強調した(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

インターネット企業というのは、もはや仮想空間のいかがわしい会社ではなくなり、現実世界を大きく左右するようになったけれども、AIを使いこなすAIインターネット企業とそうではない素のインターネット企業では、100対1ぐらいの差が開いていくと思います。頭のいいネットワークと、単につながっているというネットワークとでは、決定的に差がつく。だから、ヤフーも気をつけなければいけない。

コンピューティングはこれからまた、約100万倍になる

これからの時代、人間がやるインターネットと、AIがやるインターネットでは、途方もない差がつくということですね。

そう。コンピューティングの世界には、性能を決める“3大要素”がある。プロセッサーの演算能力、メモリー容量、それから通信するスピード。それ以外の要素は全部誤差です。その三つがそれぞれこの30年間で約100万倍になったわけです。

そして、ここから先、もう一度、約100万倍になるわけです。中途半端に知っている人に限って「AIにも限界がある」「ムーアの法則はもう限界だ」とか、言いたがる人が多いんだけれども、僕は「バカか」と言っておく。それはあなたの頭が限界にきているだけだと。

「ムーアの法則」を提唱したゴードン・ムーア(右)。ロバート・ノイス(中央)、アンディ・グローブ(左)とともにIntelを築いた(写真:Intel/picture alliance/アフロ)

ここから何が起きるかというと、AIをさらに加速させるいわゆるプロセッサーの世界は、GPUだ、TPUだ、クォンタムコンピューティングだ、というふうに、さらに新しい枠組みでどんどん進化して約100万倍になる。メモリーも約100万倍になって、通信も5G、6G、7Gと出てきて約100万倍になると。

つまり、コンピューティングの能力が約100万倍になれば、人間の頭が考えられる程度のロジックはすべてAIも考えられるようになるわけです。今ですら、囲碁だとか将棋だとかチェスだとか天気予報だとか、限られた分野では、AIはすでに人間の頭脳を超えているわけでしょう。それが、ここからさらに約100万倍になると思ってくださいと。そうしたら、通常、会社でしているような類いの仕事だったり、生産性を問われるものだったり、ほとんどのテーマはAIがぶち抜いていくと。

機械にはできない人間ならではの価値

そうなったときに、人は何を生きがいに暮らしていくのでしょうか?

どんな時代でも、常に人に生きがいはあるわけですよ。昔、機械がないときに人々は手で田植えをして、手で魚を釣って、手で土を運んでいたけれど、機械が登場しても職は奪われるどころか、むしろ新しい職が次々に生まれていった。同じように、AIがどんどん人間の仕事をこなすようになっても、AIを道具として使って、AIとともに提案をしていくコミュニケーションの仕事が次々と誕生するはずです。

あるいは、AIによる代替で可処分時間が増えることによって、人はもっとアートやスポーツやエンターテインメントや料理といった、より人間らしいことに時間を費やし、生きがいを見いだしていくことができる。

逆に言うと、機械とAIができるような単純労働やルーティンワークは、そんなものをなんでわざわざ人間がするの?という時代が訪れる。人間はもっと人間らしく会話をしようよ、触れ合おうよと。人の温かみを感じるサービスや商品をリスペクトしようよと。そういうことによって生まれる、新しい価値や新しい仕事、これはもう山ほど生まれてくるはずです。

日本のAIの進化を遅らせる“老害”に危惧

つながるインターネットから、AIインターネットへと劇的な変化を迎える新時代に突入するにあたって、日本が抱える課題はなんだと思いますか?

新しい時代が来たというときに、振り切りすぎるぐらい振り切ってもなおかつ難しいわけですよ。なのに、中途半端な理解の学者も含めた“大人”たちが相も変わらず、「そっちに行ったら危ない」とか、「そっちに行くとこんな問題点がある」とか、言うわけです。これはもう百害あって一利なし。僕は日本にとって最大の害はそういう人たちだと思うんですよね。

いまや、米国や中国は、たとえば医療や建設、不動産、交通、そういったさまざまな産業やサービスの分野にAIの技術を取り込んで活用して、どんどん大きくなっていっている。なのに、活用すらできないでいる日本では、AI音痴の人になってしまっている人たちが、「AIはここに限界がある」「人間の仕事を奪ってしまう」みたいなことを偉そうに言うんですよ、知ったかぶりしてね。

パソコンやインターネットが出始めのころもそうだったんですよね。大人たちはすぐに未来を否定したがる。ハードウエアに固執して、それで日本は後れをとった。同じように、今度はAI革命に対してもインテリぶって、斜めに見るような人たちが、日本のAIの進化を決定的に遅らせてしまうんじゃないかと僕は危惧しています。

ビートルズも幕末の志士も当時はいかがわしかった

となると、令和に孫さんやソフトバンクグループが果たすべきミッションというのは、AI時代への懸念や踏みとどまる要素を振り払って、みんながAIの恩恵を享受できるような時代にするということですね。

そうですね。僕は、19歳のときに米国でマイクロコンピューターのチップを見て以来、一貫して情報革命のことだけを見ているわけです。ただ、その情報革命の最先端の波が10年に1回ぐらい変わって、パラダイムシフトしていく。その波の手前で、ほとんどの人がこの堰を越えるとなにか危ない世界が待っているみたいに考えて、手前の住みなれた世界、理解できる世界にとどまっちゃう。

言い換えると、日本の悪い癖は、自分たちがわかる過去の世界のことを本業と呼ぶ。本業からはみ出すやつは危険なやつだと、邪道だと、すぐに言いたがって、いかがわしい目で見るわけです。最近で言うと、「月に行く」と言いだすと、メディアもよってたかって厳しい目を向けたりね。いや、確かに彼らはいかがわしいですよ。でも、そのいかがわしさが必要なんですよ、堰を越えて波に乗るためにはね。

新しい文化というのは常にいかがわしいところから生まれる。ビートルズだって、当時、僕らが子どもだったころは、いかがわしいと。あんなのを聴いたら不良になると言われたわけですよ。でも今では音楽の教科書にも出てくるでしょう。

2001年12月、Yahoo!BBのモデムを無料で配布し、格安のブロードバンドを一気に普及させた(写真:ロイター/アフロ)

だいたい幕末の志士たちも、当時はいかがわしい連中だったんですよ。当時の“大人”たちは幕府の側にいたわけですからね。でも、いかがわしい若者たちが、新しい時代をつくった。幕府や藩の重臣の中には、いかがわしい若者たちがもしかしたら未来を切り開くかもしれないと理解を示した大人もいたわけです。

いかがわしさに喜びを

令和に何か日本が変わる必要があるとすれば、否定の文化から、許容の文化へ変わるべきだと。

そう。だから、今の大人たちも、全員とは言わず一部でもいいから、いかがわしい若者のエネルギーに対して、「もしかしたら、これが日本の未来にとって必要なことかもしれない」というふうに、理屈で理解できなくても直感で感じ取って、励ましたり応援したりする許容力をぜひ持ってほしいなと思いますね。

励ますというのは、なにか政府予算をつけるだとか、そういうことではなくて、たとえば「いいじゃないか」と言うだけで、それだけで空気は変わっていくんです。米国では、いかがわしい連中を「すごいぞ」とたたえる。それで、赤字なのに上場して、がんがん伸びて、いつの間にか黒字になって、ヒーローとしてたたえられるわけです。アメリカンドリームと言ってね。最近では中国でもチャイニーズドリームだと言って。でも、ジャパニーズドリームってないんですよね。

なにか歌にもあるじゃない、「ニッポンの未来は♪」とかって。日本の未来を明るくするために、みんなでワーッといかがわしく語り合おうよと。ニタッと笑いながら、みんなでわいわいやってお祭り騒ぎをすると。だから、いかがわしさに喜びを(笑)。これをしないと、僕は日本に明るい未来はやってこないと思いますね。

GAFAは、かわいいねと言っておけばいい

「GAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)」と呼ばれる米国の巨人について、お聞かせください。AIをも含む第4次産業革命の時代においてもGAFAが主権を握ろうとしていると米国以外の世界が警戒しています。日本はどう対峙していけばいいのでしょうか?

いやいや、警戒したり対峙したり戦ったりする必要はないと思うんですよ、同志ですからね。革命を広げていくことが人類の未来に役立つんでね。

だから、別に長州だとか、薩摩だとか、土佐だとか言う必要はない。みんなが革命の同志で、彼らは彼らの得意な範囲で一生懸命、頑張ると。別のやつが別の範囲で頑張るから、彼ら自身も脱皮していかなきゃいけない。情報を整理して提供する、単なるつながるインターネットの会社から、AIを使って推論して、推奨していくと。そういうふうにサービスの本質を変えていかなきゃならない。

そもそも、GAFAだとか巨人だとか言っているけれど、じゃあ彼らがなんのビジネスを取っていったのかというと、広告と小売り、このたった二つなんですよ。これって日本のGDPの中の何%ですかと。広告なんて1%くらいでしょう。一般小売市場だって10%程度。残りの90%は、GAFAと言っているインターネットの巨人たちが、まだ全然、手に入れていない世界ですよね。

それに、これからAIがすべての産業をもう一度、再定義するという時代に入っていくわけです。つまり、たかだか1%ぐらいの市場で天下を取ったとか、取られたとか大げさなんじゃないのと。ああ、かわいいねと言っておけばいい(笑)。そのくらいの気持ちでいないと、考えは縮こまっちゃうし、卑屈になるだけです。

だから、これから新しい時代、新しい競争、新しい革命が始まるんだから、まずは自分たちが未来を切り開いていこうという大それた絵を描く。そういう気概や器を持った、いわゆる“大ぼら吹き”が、日本にも必要だと僕は思います。大ぼらというのは日本語ではネガティブな言葉。でも英語に直すと「big vision」と言うんです。素晴らしい言葉。だからエネルギーが出るわけです。

もう1日24時間では足りないくらい。革命の夜明けのときは、昼も夜もなく頑張らなきゃ、勝てない。ましてや起業家はそう思わなきゃ。

大きなビジョン、夢があるから、孫さんの活力はいつまでも失われないわけですね。最後に新時代に向けてこの特集を読んでいる読者にメッセージを。

何度でも言います。いかがわしくあれと。それで、大ぼらを吹こうよと。夢を持って大きなビジョンを描こうよと。

著者・編集:井上理 / Yahoo! JAPAN
写真:殿村誠士(別途記載の写真を除く)