平成から令和へ

インタビュー・平成、そして新時代

SNSはセンスと
瞬発力で勝負する


渡辺直美

芸人

「映えるか映えないか」が人々の行動をも大きく左右するようになったインスタグラム。そのインスタグラムで国内で断トツの860万人のフォロワー数を誇る渡辺直美は、平成そしてインターネットが生んだ新世代の芸人だ。

国内だけでなく、米タイム誌「ネット上で最も影響力のある25人」にも選ばれ、世界中から注目を集める。

昭和62(1987)年に生まれ、ほぼ平成の時間とともに生きた世代の渡辺。渡辺にとって平成とはどういう時代で、どう生き抜いてきたのか。90分にわたってじっくり話を聞いた。

SNSの原点は「夢庵」。今は名刺代わりに

現在31歳。平成とともに生きてきた世代の渡辺にとって、SNSは若いころから身近な情報発信手段だったという。

「私たちの世代は10代のときからブログを書いている人がたくさんいました。例えば『魔法のiらんど』というサービスがあって、そこで自分のホームページを作ったり、ケータイ小説を読みながら学校に通ったりしていました。いわゆるSNSネイティブよりも、少し上の年齢ですね」

高校生になって、インターネットを携帯電話で見る文化が広まった。「携帯でいろいろな情報を検索できて、しかも世界に向けて発信できることに感動し、伝える楽しさや素晴らしさを知りました」

渡辺の分析によれば、平成元年生まれ前後は自然にSNSを使いこなしながらも、発信する楽しさを一番持っている世代。そして、まさにその世代のど真ん中を生きてきた。

「中学を卒業してから『夢庵』という和食レストランでバイトをしていて、そこでホームページを作っていました。だいぶ昔からネットで情報発信をやっていたことになりますね。バイト先で起きた出来事をブログに載せて、仲間うちでケラケラ笑う。それが楽しくて。だから今も私にとってSNSって『あ、またあのときの楽しいことができるな』という感覚なんです」

そんな原体験が、渡辺の今につながっている。「例えばテレビ番組は、共演者やスタッフの協力があってできるもので、いろんな人のフィルターを通じての私が世の中に伝わる。一方でSNSは『これ面白いな』『これいいな』という私の思いを、フィルターを通さずにダイレクトに伝えられるメディアです。だから両者は全く異なる表現ができる、自分の表現の幅を広げるツールなんです」

武器を複数持ち、いろんな角度から、芸人としての自分を伝えられる。「実際に、仕事の幅が広がっていますし、SNSが自分の名刺代わりになっています。趣味に合うものをアップして、それを見て仕事をオファーしてくれる人もいます。仕事の写真を載せると、次の打ち合わせのときに『この色合いの衣装の感じでいきたい』とか、打ち合わせがスムーズになりましたし、おかげでファッション関係の仕事が増えました」

やり続けたら「吉本から近寄ってきた」

メディアとして、自分を理解してもらう名刺として。いまや渡辺の一部ともいえるSNSだが、最初は、周囲からの理解が全く得られなかったという。

「NSC(吉本総合芸能学院)のころから『ブログをやりたい』って吉本にはずっと言い続けていて。でも、東京だけで800人いるNSC生の選抜に入って活躍できたら、ようやくブログをやらせてもらえる、という感じでした」

デビューしてからも、「仲間や先輩芸人に『ツイッターなんてなんでやるの? 炎上するだけでしょ?』とか『表現したいことがあれば、舞台でやったほうがいいんじゃない?』とか言われたり。『あっそうか。芸人はSNSやっちゃいけないんだ』と思ったりもしましたけど、SNSが好きだから、結局ずっと続けていましたね」

好きだから、という理由だけではない。そこには渡辺が芸人として生きるための戦略もあった。

デビュー当時のプロフィール写真(©YOSHIMOTO KOGYO CO,.LTD.)

「自分を知ってもらうための武器を持つ、という意味もありました。そもそもデビューしたてのときは『吉本の力』なんて一切使えません。そのときに『自分だってこんな面白いことができるんだ』ということをどこかで伝えようとなったら、SNSしかない、という意識はありました。

続けていたら、インスタのフォロワーがどんどん増えていき、気がついたらこれまでネットに関心を示さなかった吉本も近寄ってきた、って感じです(笑)」

当時、芸人の間では「タダで楽しませることをプロがやるのはどうか」という議論も多かった。

「舞台で笑わせて、さらにSNSでは舞台で表現できない方法で楽しませることができるはずなんです。今は多くの芸人がそれを理解して、どんどんSNSをやる流れになっていますよね。

舞台で面白い人はSNSでも面白いんですよ。現実とネットのつなぎ方だったり、ネットならではの表現がどんどん出てきました」

早くやっていたからフォロワーが増えた

渡辺のインスタグラムがそこまで人を引きつけるのはなぜなのか。

「フォロワーがなぜ多いのかは、自分でも分析しきれていません。ただ単純に『早くからやっていた』ということはあるのかなと。

みんなより早く使い始めていたら、インスタブームが起こった。その後、インスタを始めるときに『とりあえず渡辺をフォローしておけばいいか』という流れができたのかなと思っています。

あと、モデルの方たちをたくさんフォローしていて、『好きな人が、普段どんなことやっているのか』が気になっていたので、なら同じように芸人の日頃感じていることを載せれば、みんな楽しんでくれるんじゃないかと。そう思って投稿を続けていたら、自然とフォロワーが増えました」

ファッションという、インスタグラムと相性の良いコンテンツを多く発信し、それがお笑いには少ないコンテンツだったということも、渡辺の独自性を際立たせ、ファンを増やす要因となった。

「先輩芸人の方々が築き上げたものに乗っからせてもらうだけでなく、自分も今まで誰もやったことのないことをやらなきゃいけないなと思ったんです」

そんななかで、頭に浮かんだ一枚の絵。「『ファッションショーに行って、フロントローに並ぶセレブの中に、突然、私が紛れている』写真を撮って載せたら面白くないかって。もともと好きではありましたけど、ファッションを積極的に載せるようになったのは、それからです」

SNSはセンスと瞬発力で勝負する

「結構、インスタに限らずSNSの世界では『面白い投稿をいち早く察知して、そこに自分らしいアイデアを加えながら乗っかっていく』っていう反応の速さとセンスが大切なんです。

一見パクリっぽいんですけど、世の中の大きな流れに、自分の個性を乗せることは、世界的に見ても格好いいとされている。だから、何が起きているのかキャッチできる感性は大切です」

その好例が「卵」だ。

「一時期、インスタに普通の卵の写真だけ上げて、史上最多の『いいね』を獲得できるか挑戦しようっていう動きがあったんです。

すると次第に、みんなその卵をフォローするだけじゃ飽き足らず、ものすごいスピードでアレンジし始めたんです。自分の写真がその卵になれるフィルターを作ったり、合成した写真を作ったり競い合って。

反応のスピードが速ければ速いほど、感度が高い人と周囲から認められる。さらに、そこに自分の技をのせることでセンスを競う。こういった流れを楽しむことが、世界の大きな潮流になっている。ネットの時代は、何かを新しく生み出すのはもちろん、それをキャッチするスピードとアレンジの面白さでも、戦えるんです」

史上最多いいね!となった卵(EGG GANG)の投稿

試行錯誤をしながらフォロワーを獲得してきた渡辺は、どうすれば「インスタ映え」するのかを聞かれることも多い。

「もちろん『このときの投稿、どうやって写真撮ってるの?』っていう話ならいくらでもします。でも、今やインスタってその人にとっての『自己紹介』で、個性になっているじゃないですか。そこに安易なアドバイスをするのは、ちょっと違うんじゃないかな、って思うんです。何か、その人自身を否定してしまうような気がして」

「インスタ映え」という言葉そのものにも、違和感があるという。「『いいね』がほしくて危ないところで写真を撮るとか、ピンクのラーメンを売るとか、

そんなラーメンあるのかわかんないですけど(笑)。インスタを中心に生きるライフスタイルを象徴するような言葉というイメージで。

インスタ映えのために、物を粗末にしたり、危険な目にあったりするようなことがあってはダメですよね。こういう風潮から、インスタに反感を持つ人たちを増やして、純粋に楽しんでいる人たちに悲しい思いをさせることにならないか、心配しています」

ネガティブな人や意見に心を砕かない

一方、SNSを通じて人気を得たことの代償として、中傷や炎上は避けられないリスクだ。もともとインスタグラムを主戦場としていた渡辺は、そこまで中傷にさらされたことはなかったという。

「インスタって昔は本当に炎上しなかったんですよ。インスタはフォローをしなければ、その人の投稿は見られない。基本的に好きな人の投稿しか見られない仕組みなんですよね。ツイッターは『リツイート』という機能があるから、嫌いな人のコメントや見たくもないコメントが、不意に飛び込んできたりする。そこで即座に反応してしまうから炎上しやすい。

それでも平和だったインスタを炎上させる輩が出てきた。ただ炎上させる目的だけでアカウントをたくさん作る人も現れて。中傷とかは永遠に消えない課題ですよね。でも私は少ないほうだと思います」

「あと、だいぶ耐性もつきまして、グッチのときとかは本当になんとも思わなかったんですよ。グッチのパーティーの写真が載ったら、海外の人から、『ウェッ』っていう絵文字だけ送ってこられたり、デブとか、アジア人のくせに調子に乗るなとか。

まず思ったのが、煽るにしても語彙力をもっとつけようよと(笑)。あと、以前『海外の先進国はダイバーシティーに理解があるから、日本よりも直美ちゃんの個性は受け入れられるよ』って誰かに言われて。でもそれって全然ウソで、そんなこと言ったの誰だよって(笑)」

ただ、気になることが一つあった。「日本のファンのコメントで『直美ちゃんでもこんなに言われるなら、私はどうすればいいの?』って本気で悲しんでいる人たちが何人かいたんです。それはまずいな、と思って『世界もまだまだだね』みたいなコメントを返しました」

渡辺は、こうしたネガティブなコメントに反応してしまうことを「もったいない行為」だと言う。「結局、そうやって中傷している人のインスタを見たら、フォロワーが4とかなんですよね。結局ネガティブなことを発信する人たちには誰もついてこない。そういう人たちを相手にするのは無駄だなと思えば、特に腹立たしくもないんです」

自分の現状を冷静に捉えて、客観的に見る。その姿勢を渡辺は「いろいろ揉まれすぎて心が強くなった」結果だと笑う。

「今でもめちゃくちゃスベりますね。人ってこんなにスベるのか、っていうときがあって、そうなると人間どうなると思います? 耳鳴りが止まらないんですよ。『スベっている』という現実を、耳が隠そうとするんです。キーンって。あっ、耳鳴りしているから今笑い声が聞こえないんだなって。『ああ、人類ってこういうふうに進化するんだなあ』なんて感想を持つくらい(笑)」

芸人として経験を積んだから、心が強くなった面はあるが、それだけではない。「私の場合、小さいころからいろいろ言われることが多くて。昔は『この人にもっと嫌われないためにはどうすればいいんだろう』って悪口を言う人に心を寄せてしまっていた。でも、悪口を言う人って、ただストレスのはけ口を探しているだけ。なら自分のことをしっかり思ってくれている人のために心を砕きたいし、時間を使いたい。もちろん、正当な批判というのもあって、これはまた中傷とは違うので真摯に受け止める必要はあります」

ローション相撲も断らない

新しい時代、渡辺は今後どんな生き方をしていきたいのか。そして、新しい時代に、何を期待しているのだろうか。

いまや「渡辺直美」は一つのブランドとして成立している。個性的で可愛いファッションアイコン。でもとっつきやすくて、多くの人から愛される。そうしたブランドをつくるうえで、受ける仕事や見せ方に、こだわりや戦略はあるのか。

「自分の可能性を広げるためにも、仕事を断らず、基本は全部受けています。よく『芸人なのに体張ってない』って言われるけど、ローション相撲の仕事が来ないってだけで……(笑)。『やります』って言っているんですけど、それでも激しい仕事が来ないということは、きっと求められていないんだな、と解釈しています」

デビュー当時のプロフィール写真(©YOSHIMOTO KOGYO CO,.LTD.)

「昔、少し勘違いをしていた時期がありました。ビヨンセのモノマネで売れ始めたとき、コントがやりたくてこの世界に入ったのに、なんでビヨンセなのって思ってしまって。オーディションでコントをやろうとして、『オメーのそれ見たくねえんだよ』って怒られることが結構ありました。

あと『ピンクの衣装ばっかり着ていたら飽きられる』って危機感が強かったですね。そのときはお客さんが何を求めているのかがわからずに、自分のエゴを無理に通そうとしていたんだと思います。今はビヨンセやれって言われたら、めっちゃ嬉しいですし、12年間ビヨンセやり続けてきたことは自分でもすごく誇りです。伝統芸能みたいに『イヨッ』って合いの手が入るくらいまで続けていきたいですね」

初心に戻って進化する

新しい時代、渡辺は今後どんな生き方をしていきたいのか。そして、新しい時代に、何を期待しているのだろうか。

「25歳のときに一度アメリカに行きました。テレビのレギュラーが終わって、そのときに自分に何があるかと思ったら、なにも武器を持っていなかった。自分の手持ちカードを全部使ってしまった印象もあって。若いころは、あれもやりたい、これもやりたいと夢はたくさん持っていますよね。それを実現するための課題が見えてきたのが、この時期でした」

ニューヨーク留学中、レッスンの様子もインスタに投稿

「それから5年で、課題に対する回答が出そろって、具体的に行動に移していこうとしているのが今です。今年から、いろんなことをゼロから立ち上げて、35歳までには、世界に向けてすごく面白いことができるんじゃないかと思います」

世界戦略のために自分を構築し直す。そのために必要なのが、一度初心に戻ることだという。

「先日、地元の同窓会に行って、みんなで小学校・中学校時代のしょうもないエピソードを話してて。自分が子供のころのような、何も取り繕っていない『素』に戻っていたのに気が付きました。31歳になると、基本的に全ての行動は『嘘』ですよね(笑)。挨拶ひとつ取ってもちょっと探りを入れながら『こんにちはー』っていう感じで。相手をバンバン叩きながら『ちょっと元気してましたー?』っていうテンションの付き合いを毎日するのはさすがにきついですし。

でも、当たり障りのない感じで通すと、それはそれで『あいつは心を開かない』って言われたりと、駆け引きや読み合いの世界だったりするので……。そういうのがない『素』の状態を久々に体験したら、泣きそうになりました」

芸人としての初心を忘れていたのではないか。そう感じたという。

「小学生のころの給食の時間、なぜか最初に牛乳を一口飲まないといけないルールがあって、私はそのときに変顔を必ずしてたんです。でも、今は絶対やらないですよね。みんなでご飯を食べに行って乾杯の直後に変顔とか、大人として『なにそれ』って話じゃないですか」

「周りの目を気にして、芸人というのはこういうものだ、という常識にとらわれていた。そう感じました。初心に戻って、昔みたいにもっと自由にならなきゃいけない。でも、自由だからこそ、行動に責任は持ちたいし、それを支えてくれる人に愛情を持ちたいな、と思っています」

自分らしく楽しみたい

平成の次の新しい時代。初心に帰るという渡辺は、新しい時代に何を期待し、芸人として何を目指すのか。

「新しい時代は、人に対して、思いやりが溢れる世の中になったらいいなと思います。おそらくこれからは、インターネットやAIがどんどん発達して、人と人との関わりがそのたびに少なくなるんだと思います。だからこそ『人と会って』ということを大事にしたい。人と会ってご飯を食べる。人と会って、笑わせる。人としての、芸人としての基本をもう一度見直す感じです」

「最近は『落ち込んでいるときに励まされました』っていう声をいただくことが多くなりました。自分では励ましたいと思ったことはない。『楽しませたい』という気持ちのほうが多いのですが、私がふざけているところを見て、元気が出ましたって言っていただけるのはすごく嬉しいですよね。

みんなを元気づけようとか考えたことがないのに、『ポジティブな意見をください』と言われると、その期待に応えようと胡散臭いことを言ってしまって。あとで『やっちゃった』と落ち込んでしまうということはよくあります。

なので、大切なのは、自分らしく生きること。自分は人を楽しませたい、という思いがあるから、まずはそこをとことん突き詰めていきたいと思っています」

渡辺 直美

1987年茨城県出身。吉本総合芸能学院(NSC)東京校12期生。2007年デビュー、ビヨンセのモノマネで一躍ブレーク。2019年3月現在、インスタグラムのフォロワー数は860万人と、2位以下を300万人以上引き離して国内1位。2018年6月に米TIME誌「ネット上で最も影響力のある人々25」に選ばれた唯一の日本人。

インタビューアーの品田英雄(右)と

著者・編集:日経BP / 博報堂 / Yahoo! JAPAN
インタビュー:品田英雄(日経BP)
写真:谷本夏