平成から令和へ

特集・インターネットとポスト資本主義

平成という時代に、日本社会を大きく変えたものは何か。とりわけこの20年で急伸したのは「インターネット」というデジタル技術だろう。個人に力を与える技術は、人の生き方や企業の経済活動を大きく変えた。その結果、社会はこれまでより便利でスピーディー、そして滑らかになった。ただ、これは過程でしかない。この先、社会はもっと変わっていくに違いない。進化の流れはどこに向かうのか。これまでにデジタル技術が変えたもの、これから変えようとしているものを――3人の専門家に聞いた。

景気とは無関係に増える「中」以上の暮らし

「なぜこういう数値が出るのか、と目を疑ったのをいまでも覚えています」

現在は野村総合研究所(NRI)で上級研究員として働く森健の手元に、1通のレポートがあった。NRIが3年おきにまとめている「生活者1万人アンケート調査」である。

「この図がすべての始まりでした」

「世間一般からみた自分の生活レベルは?」という問いに対し、2009年の回答は奇妙だった。2009年といえば、リーマン・ショックの翌年。ところが、この年の回答は「中の中」「上/中の上」と答えた人が増えていた。3年前と比べて8.8ポイントの増加だ。

同じ回答は、その後も増え続けた。東日本大震災の翌年の2012年は、3年前と比べて2ポイント増。消費税率が5%から8%へと上がった翌年の2015年も、3.6ポイント増えた。

金融危機、大震災、増税――。

消費者にとって、ネガティブな出来事が続いた。その上、GDP成長率や賃金などの経済指標も低迷していたというのに、「自分の暮らしは中の中以上」と答えた人は一貫して増え続ける。なぜこんな数値が出るのか。森と研究チームは、情報技術が生活を豊かにしたのではないか、という仮説を立てた。

「2006年から2009年にかけて、スマートフォンの普及が始まりました。日本でiPhoneが発売されたのは2008年。これ以降、インターネットが人にもたらす利便性は身近になりました」

インターネットが広げる「消費者余剰」とは

インターネットのもたらした数限りない利便性、そのなかで森が注目したのは「消費者余剰」を拡大する力だ。

消費者余剰――。これは経済学で使われてきた言葉で、消費者の「支払意思額」から「価格」を引いた部分を指している。

あるバッグを例に説明しよう。消費者Aは、このバッグに対し10万円を払ってもよいと考えている(=支払意思額)。一方、販売店Bはこのバッグを8万円で売っている(=価格)。このとき、差額の2万円が消費者Aにとっての便益(=消費者余剰)になっていて、インターネットはこの差額を押し広げる力を持つという。森はこう説明する。

「ある商品が欲しいと思ったら、消費者は検索をかけます。SNSという手段もあるなか、彼らはコストパフォーマンスのよい販売店を簡単に知ることができ、最善なお店で買うでしょう。消費者のとるこういった行動は、販売店に対する価格の押し下げ効果を生み、消費者余剰が広がるんです」

消費者が有利になるのはそれだけではない。いまでは、モノやサービスが消費者の手元に届く過程がデジタル化されていることが多い。または、コンテンツそのものがデジタル化されて提供されていることもある。リアルのモノと違って、デジタル財のコピーは極めて安価だし、技術の進化とともに複製コストはゼロに近づいていく(=限界費用の低下)。価格に対する押し下げ圧力はこの点でも加わる。結果、GDPでは捕捉できない豊かさが増えるというわけなのだ。

森健(もり・たけし)/野村総合研究所 未来創発センター 上級研究員。専門は経済社会の多面的な分析。共著書に『デジタル資本主義』『2010年のアジア』『2015年の日本』『2020年の産業』(すべて東洋経済新報社)などがある

森はこう続けるのだった。

「モノやサービスがあふれる世界では『自由』の定義が変わってきます。インターネット以前の『産業資本主義』と呼べる時代は、希少なモノを所有していることが『自由』の証明でした。希少なモノを、いつでも『自由に』使えるから『自由』だったんですね。ところが、デジタル技術の普及が進んで、たくさんのモノを所有する必要はなくなりました。こうなると、使わないままの『未稼働資産』が増えます。我々はこういった状況を『デジタル資本主義』と呼んでいますが、こういった社会ではむしろ所有をしないことが自由の条件になっています。特定のモノに縛られず、必要な瞬間に、いつでもどこからでも、モノ・サービスにアクセスできることが『自由』なのです」

近年、普及が進む「シェアリングエコノミー」はその最たるものである。

広がる「持たない暮らし」

自動車や家、オフィス、音楽に洋服など――産業資本主義の社会では「所有」が大原則だったものが、そうではなくなりつつある。書店に行けば、「持たない暮らし」の素晴らしさを説く本が並び、民泊などのサービスの成長は続いている。

270社以上の企業が参加する、「一般社団法人シェアリングエコノミー協会」の事務局長を務める石山アンジュに話を聞いた。石山は、団体内外でも政策推進・新市場の成長に向けた活動を続けている。

石山アンジュ/内閣官房シェアリングエコノミー伝道師、一般社団法人シェアリングエコノミー協会 事務局長。一般社団法人Public Meets Innovation代表理事。2012年、国際基督教大学(ICU)卒業。リクルート、クラウドワークスを経て現職。各省庁の行うシェアリングエコノミー関連の研究会で委員を務めながら、政府と民間をつなぎ規制緩和、政策推進活動に従事する。著書に『シェアライフ』(クロスメディア・パブリッシング)がある。

アメリカ発のライドシェアサービス「UBER」が日本に上陸したのは、2014年。それから5年が経ったいま、シェアリングエコノミーという名で提供されるサービスは多様を極める。この間、日本で成長を遂げた分野について、石山はこう話した。

「個人間のモノの貸し借りや売買ですね。個人が要らなくなったモノ、あまったモノを、インターネットを通じてやりとりをする。こういうものも、シェアリングエコノミーに含まれます。代表的なのはメルカリです。シェアリングエコノミーが定着する前段階から、日本ではインターネットで買い物をすることが定着していたので、延長線上で受け入れられた感があります。クラウドファンディングのようなお金のシェアも伸びました。銀行や投資家に頼るような大きな案件でなくとも、みんなのお金を少しずつ持ち寄って、個人や団体を応援する仕組みですね」

シェアリングエコノミーは、「働き方の自由化」という意味でも大きな役割を果たしているという。たとえば働く場をシェアするコワーキングスペースを使って、リモートワーク勤務するのは珍しいことではなくなったし、個人のスキルをクラウド上でシェアする「クラウドワークス」のようなサービスを使えば、特定の企業に縛られず案件ベースで、自由な時間に働くことができる。石山は「お会いした方でこんな人を知っています」といい、こう続けた。

「夫が病気になってしまった主婦の方が、スキルシェアのサービスを使って収入を増やしたケースがあります。また保育園の抽選に落ちてしまって、会社を辞めなければならなかったお母さんも、在宅のウェブデザイナーとして家計を支えられるだけの収入を得るに至った例もあります」

そして人はモノを欲しがらなくなった

だが、シェアリングエコノミーに対してはこんな懸念が寄せられることもある。クルマや不動産を大勢でシェアすると、新車や新築物件も減りはしないか。市場に出回るキャッシュが減るかもしれない――。それは問題にならないのだろうか。

「わかります。ただ、現在の資本主義は曲がり角を迎えていると思うんです。シェアリングエコノミーが目指すのは、資本主義の価値観とは異なるもの。特に先進国では、たくさんモノをつくって、たくさん消費するモデルが昔ほど機能しなくなっています。理由はいくつかあります。一つは、無限にある前提で使われてきた資源が有限であることを意識せざるを得なくなってきていること。もう一つは、人々がモノを欲しがらなくなったことにあると考えています」

こう言ったところで、石山はスマートフォンの黒い画面をこちらに見せた。

「高度経済期に入ったころ、テレビを個人で持っている人はほとんどいませんでした」

ところが、テレビの数はその後、増え続ける。近所で1台だったものがその後、一家に1台となり――それが現在ではどうだろうか。自宅のテレビに加えて、ノートパソコン、個人用と会社支給のスマートフォンを1台ずつ所有する人もいる。これだけで合計4台。こんな時代はこれまでなかっただろう。

スクリーンの数はまだ増えるだろうか。さらに小型になり、安価になることで、少々の増加はありえない話でもない。けれどもその数が現在の何倍にもなることはイメージしづらい。体に10個も20個もスクリーンを身に着けるなんて、なんだか度が過ぎる。

モノやサービスが進出できる個人の未踏地帯は残り少なくなってきているのではないか。資本主義にとって足の踏み場が、ない――。こういった現状に加え、社会の基盤が「お金だけ」になってしまうのも危ういのではないかと石山は話すのだった。

「お金って、個人がコントロールできないんですよね。銀行に預けているお金、証券会社に預けている株式は、その人の資産ではあります。ところが、個人の資産は、為替や株式市場から独立しているわけではないんです。相場が暴落すれば、資産は減る。市場の動向は企業の業績にもつながってくるから、雇用や賃金にも影響する。だから、ある年は1年間働いて800万円の収入を得たのに、ある年は経済の状況が悪くなったからと、ボーナスを減らされ600万円になったりする。どちらも同じ1年間働いたのに、おかしな話だと思いませんか。時間は平等なのに」

つながりという「社会関係資本」

そこで石山が提示するものがある。人と人との「つながり」だ。家族や友だちとのつながりは、急激な円安や、株式市場の急落があっても失われたりしない。これらはお金でつながった関係ではないからだ。

けれども、このつながりは痩せ細ってしまっている。現在の日本では未婚化が進んで、独居の人も増えている。終身雇用は終わりを告げ、労働環境は不安定さを増している。かつては機能していた、家族間、人と職場、人と地域を結びつけてきたつながりが痩せ細ったことで、「無縁」を感じる人は増えている――そんなニュースを見聞きすることは少なくない。そんななか、石山はこう言う。

「シェアリングエコノミーには、つながりを回復する力がある」

その心は、とてもシンプルな理屈だ。これまで一人で使ってきたものを誰かとシェアすれば、人と人との関係性、会話が発生するだろう。これが深まっていけば、つながりになる。

「このつながりは『社会関係資本』とも呼ばれています。たとえば、こういう話があります。ある母親は1日につき1万円を支払って、ベビーシッターさんを呼んでいました。あるいは、急に引っ越しをしなければならず、引っ越し業者に10万円を払って引っ越し作業をやってもらった。どれもお金がなくなったら、できなくなってしまうものばかりです」

ところが、お金がなくともつながりを持ってさえすれば、子どもを誰かに預けることはできるだろう。急な引っ越しだって、力仕事のできる友人がいれば乗り越えられたかもしれない。ここからが重要だ。このとき、手伝った人は、母親に見返りとして何かを求めるだろうか――。何も求めなかったとしても不思議はない。なぜなら彼らの行動は、母親への「贈与」だったからだ。

見返りは求めない「信頼」で回る社会

石山によれば、「贈与」を理解するために必要なのは「信頼」だという。これは「信用」と似ているが、違う。

「信頼は信用と違って相手に見返りを求めない、ということです。ある人が『今日は魚を5匹釣ったから、あげる』と隣人に申し出たとします。市場経済では信用になるので、魚5匹をもらった代わりに『ふさわしい何か』をとなります。ただ、贈与の場合は、信頼がベースになるので見返りは想定されません。魚5匹はあげるもの。そのお返しは――回りまわっていつか返ってくるかもしれないけれども、返ってこないかもしれない。そういうものなんです」

こうも続けた。

「社会が信頼で回る時代がやってくるかもしれない。ただ、それはすぐではない。テクノロジーの話でいえば、ブロックチェーン技術を使って、個人が主体となってどのように経済システムを回すかにかかってくると思います」

地域通貨の実験が行われている岩手県遠野市(写真提供:Next Commons Lab)

信頼で地域の経済は回るか

ブロックチェーン技術とは、デジタル上の価値移転を記録する技術である。いったん記録されれば改ざん不可能とされる。「デジタル上の価値を現物資産化させる技術」とも呼ばれ、仮想通貨ビットコインの核心的技術として注目を浴びてきた。この技術は、仮想通貨だけにとどまるものではない。様々な分野への転用が期待されている。いま、この技術を使ってポスト資本主義をテーマにした実証実験が行われている。

「Commons inc.」の共同代表CEO・林篤志は、ブロックチェ-ン開発事業のひとつとして、地域通貨を使ったある取り組みを進めようとしている。代表を務めるもう一つの一般社団法人「Next Commons Lab」と協働して行うのが「トークンを使った経済循環」だ。トークンとは仮想通貨の一種だが、中央に発行母体となる管理者(団体、人)がいる点がビットコインなどの仮想通貨との違いだ。

現在、取り組みは、岩手県遠野市、石川県加賀市を舞台に進んでいるという。実験はまだ初期段階。試みに参加するのは、それぞれの地域で50人前後。林の思い描くビジョンは大きい。

「ブロックチェーンを使って、コミュニティーの経済を回そうとしているんです。コミュニティー内の課題や人々の『小さな困りごと』と、人材の『時間』『スキル』をテクノロジーによって可視化し、マッチングする仕組みをつくり、マッチングしたときの感謝の気持ちをトークンでやりとりしてもらうことを想定しています」

林篤志(はやし・あつし)/エンジニア業を経て2016年、一般社団法人Next Commons Labを設立。2017年、Commons inc.を設立。自治体・企業・起業家など多様なセクターと協業しながら、新たな社会システムの構築を目指している。「日本財団 特別ソーシャルイノベーター」「Forbes Japan ローカル・イノベーター・アワード 地方を変えるキーマン55人」に選出されている。(写真提供:Next Commons Lab)

試みの目標は、円から切り離したトークン――言い方を換えれば電子化された地域通貨で地域の経済を回すことにある。ベビーシッターを誰かにやって欲しい、雪かきをやってほしい――。コミュニティーの誰かが困っている。誰かの困りごとに対して、誰かが手伝い役として名乗りをあげる。そうした行為のお礼をする際に、地域通貨を使ってもらう。換金はできないし、株式のように運用もできない。つまり、手元にためこんでいてもメリットがないから、インセンティブは「使う」ほうに働く。

Commons inc.が地域通貨として開発を進めているのは、COMコインとそれをベースとした様々な事業でCOMコインを基盤とする経済圏を構想している。林はこう説明する。

「地域通貨であるCOMコインは、何を担保に発行しているのか。実はこの実験に参加するメンバーの持つ『資産』なんです」

遠野の祭り(提供:Next Commons Lab)

使わない部屋が一つあるから、子どもの遊び場に開放しようとか。家がまるまる一軒余っているようだったら、みんなのだんらんの場にしようとか――。あるいは自家用車をコミュニティーの仕事に提供してもいい。トークンは、そうした資産をコミュニティーに開放したことに対して与えられる。

こういった話に対しては、ユートピア的な印象を持つ人もいるかもしれない。ただ、林は資本主義を転覆させようとか、そのものを一切合切リセットしようなどと主張しているわけではない。

「インターネットは個人に力を与えるわけですが、何もしないままだと強い人をより強くしてしまうだけの結果になってしまうかもしれない。個人の時代を実現するとは言うけれど、その背後には強い人だけが生き残ってしまうシナリオもありうる。そうではなく、いまある資本主義で厳しい思いをしていても、あるコミュニティーには別の経済があって、そこでは生きていける。小さくても、そんな選択肢のある社会をつくれたらいい」

遠野の田園(写真提供:Next Commons Lab)

資本主義がある。シェアリングエコノミーがある。地域通貨がある。仮に一つがダメになっても、人はいくつかの「世界」の一つを選びとって生きていく。いまCommons inc.の社会実験は、国内の小さな島にも向けられている。林は「計画段階なので、まだ名前は明かせないのですが」と言うものの、構想の一端を明かしてくれた。人口は約30人。平均年齢は80歳に近い。この島にコミュニティートークンを導入し、エネルギーや食料生産、移動の際に生じた取引を決済できないかと考えている。円とは切り離された経済をどこまで回せるか。これを核に、島に新たな移住者を呼び込めないかと構想している。

デジタル技術の進化はポスト資本主義をつくり出せるだろうか。芽を出すには、まだ時間がかかるかもしれない。それは10年後か20年後か、それとも――。ただ、思い返してほしい。10年前、スマートフォンの普及は始まったばかりだった。20年前、インターネットの世界も始まったばかりだった。そして30年前の世の中はどんなものだったか。思い出すのが困難なほどに、テクノロジーが推し進める社会の変化は速い。次の10年、20年は、わたしたちが思う以上に速度を上げて迫ってくるのではないか。

(文中敬称略)

取材・文:岡本俊浩(Yahoo!ニュース 特集)
写真:高橋宗正